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長崎地方裁判所厳原支部 昭和33年(わ)49号 判決 1958年10月28日

被告人 金尚均

主文

被告人は無罪。

理由

本件の訴因たる公訴事実は、

被告人は、韓国在住の韓国人であるが、有効な旅券又は乗員手帳を所持して居なかつたに拘らず、他人たる金大声の氏名を詐称し同人名義の船員手帳を使用して、

第一、韓国の貿易船たる海洋号に乗組み、同船の事務長として、昭和三十一年五月二十五日、同船と共に、対馬厳原港に入港し、

第二、同国の貿易船たる日進号に乗組み、同船の事務長として、同年十月二日、同船と共に、対馬厳原港に入港し、

以て、その都度不法に、本邦に入国したものである。

(罪名、出入国管理令第三条違反、罰条、同令第七十条)

と言ふに在る。

仍て、按ずるに、

一、韓国慶尚南道陜川郡治炉面汀里九三四番地に本籍(但し、その後、慶尚南道馬山市倉洞街一二三番地に転籍)を有し、擅紀四二五五年十月二十六日に出生した、金尚均なる氏名を有する韓国人が実在し、その者が即ち被告人であることは、被告人の当公廷に於ける供述と、権限のない者によつて作成されたと言ふ反証が全然なく、却つて、その形式、押捺の印影、記載内容、その他と被告人の当公廷に於ける供述とを綜合して、権限のある韓国官庁によつて作成されたものと認められるところの、公文書たる押収の金尚均名義の船員手帳(帖付の写真をも含めて)と、権限のない者によつて作成されたと言ふ反証が全然なく、却つて、その形式、押捺の印影、記載内容、その他と被告人の当公廷に於ける供述とを綜合して、作成権限のある韓国馬山市長によつて作成されたものと認められるところの、公文書たる押収の金尚均(戸主金昌錫)の戸籍抄本と、証人崔銀洙及び同厳中の当公廷に於ける各証言とを綜合して、之を認定することが出来る。

二、而して、右事実と、前記戸籍抄本と、被告人の当公廷に於ける供述と、被告人の検察官に対する昭和三十三年六月二十三日の供述調書の供述記載と、証人崔銀洙の当公廷に於ける証言とを綜合すると、右金尚均即ち被告人の氏名が、元公訴事実に言ふところの金大聲であつたこと、及びその後、擅紀四二九〇年(昭和三十二年)四月六日に至り、権限のある韓国裁判所の許可を得て、その名を「尚均」と改め、爾来、その氏名が、金尚均となつたものであることが認められるので、右金尚均即ち被告人と公訴事実に言ふところの「金大聲」とは、同一人である(換言すれば、公訴事実に言ふところの「金大聲」なる者は、即ち被告人自身に外ならないものである)と断ぜざるを得ないものである。

三、而して、右金尚均即ち当時の金大聲即ち被告人が、公訴事実に言ふところの各貿易船に乗組み、その各事務長として公訴事実に言ふところの各日に、夫々、その各船と共に、対馬厳原港に入港したことは、厳原海上保安部長の福岡入国管理事務所厳原港出張所長に対する昭和三十三年六月十一日附捜査関係事項照会書及び之に対する福岡入国管理事務所厳原港出張所長の昭和三十三年六月十二日附回答書と、被告人の司法警察員たる海上保安官に対する昭和三十三年六月十日附供述調書及び被告人の検察官に対する昭和三十三年六月二十三日附供述調書の各供述記載と、被告人の当公廷に於ける供述と、証人崔銀洙の当公廷に於ける証言とを綜合して、之を認め得るのであるが、同時に、同人が、その入港の都度所持して居たところの「金大聲」名義の船員手帳が、権限のある韓国官庁によつて、正当に作成されたもので、有効な船員手帳であることが、前顕回答書と、被告人の検察官に対する昭和三十三年六月二十三日附、及び同年六月二十六日附各供述調書の各供述記載と、被告人の当公廷に於ける供述とを綜合して認められるので、右金大聲即ち被告人の前記厳原港への各入港は、孰れも、有効な船員手帳を所持しての入港であると断ぜざるを得ないから右金大聲即ち被告人の右各入港によつて為された、本邦への各入国は、孰れも、適法であつて、不法入国ではないと言はなければならない。

四、以上の認定に反する、被告人の裁判官に対する昭和三十三年六月十四日附供述調書(被疑者尋問調書)、被告人の検察官に対する昭和三十三年六月十三日附供述調書(弁解録取書)、並に被告人の司法警察員たる海上保安官に対する昭和三十三年六月十日附及び同年六月十一日附各供述調書の各供述記載は前顕各証拠に照し孰れも、措信し難く、又被告人の検察官に対する昭和三十三年六月二十三日附、同年六月二十六日附及び同年六月三十日附の各供述調書の各供述記載を以てしては、未だ、前記認定を動かすに足らないのであつて、他に、右認定を覆し、本件の訴因たる前記公訴事実を認定し得るに足りる証拠はない。従つて、右公訴事実は之を認めるに由ないところである。

以上の次第で、本件の訴因たる公訴事実については、結局、その証明がないことに帰着するから、被告人に対しては、無罪の言渡を為すべきものである。

仍て、刑事訴訟法第三百三十六条に則つて、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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